ネタバレ御免の感想文。まだ見てない方はご注意遊ばせ。


ローマで食事をするということ。
La Cena <出演>ファニー・アルダン/ヴィットーリオ・ガスマン
<監督> エットーレ・スコーラ 1999 イタリア・フランス 8点
食事、大好きなんです。わたくし。
とくにイタリア料理が好き。(詳しくは楽園ローマ・辛口ラブレターズ「イタリア料理万歳!」を参照してください。)
自分で作るのも大好きですが、レストランでの食事も最高。
ただし、レストランは味だけではいけません。雰囲気というのかな・・そこにある「レストランで食事する」ということの意味は、「その場所で、その人と食事をしながら会話と雰囲気を楽しむ」ということなので、その舞台を提供してくれる場所じゃないとダメなわけよ。

そしてローマのレストランで食べまくっていた私にとっては、レストランの基本はローマのレストラン。残念ながらなかなか日本ではそういう雰囲気は味わえませんが(ほんの数軒あるけどね)、この映画ではまさにわたくしの通いつけのローマのレストランを思い出し、そしてそこで食事しているわたくし自身までが見えるようで、本当に心地よかった。

まあ、正真正銘ローマが舞台、レストランでの2時間をほぼそのまま見せてくれる、ただそれだけの映画。

わたくしとローマで食事したことのある方にはわかっていただけるかとおもうのですが、ウェイターとのやり取りとかも、レストランの重要なファクターなんだよね。もしくは、一緒に食事している相手との会話も、隣のテーブルでの会話も。ちょっと気の利いたことをお互い言い合って、それは別に意識してやってるわけじゃないんだけど、かなり近い距離に他人がいるわけで、それはそれだけで一つの「シーン」になりえる。
日本ではまずありえないだろうけど、遠くのテーブルの男の子(子供ね、子供。)がこっちを見ていて、その子に手を振って見ると、その子がお父さんにそれを言いつけて、お父さんが手を振り替えしてくる、など、心温まる交流などもあったりするのがレストランのいいところ。
っていうかこの邦題、「リストランテ」となってるけど、イタリア語の「リストランテ」はかなり高級なレストランを意味するので、この映画の舞台は「トラットリーア」というのが正しいと思うんだけどね。

で、それにしてもわたくしが感動したのは、この映画、会話がものすごく「生のまま」なんですよ。
イタリア語がわからない人にはわかりにくいかもしれないんだけど、ローマが舞台ということで、ほとんどの人のアクセントがローマ訛り。お客さんの中にはナポリ方言の人がいたりして、それはそれだけでイタリア人にとっては一つの「意味」を持つし(東京のレストランが舞台で、一人だけ大阪弁をしゃべる人がいるような、ね)、さらには使われてる会話の表現が、ローマ下町の言葉そのまま。
スラング、というほど汚い言葉じゃないんだけど、ローマ独特の言い回し、若者言葉、全部忠実に表現されてて、最近ローマ語をあまり聞いていなかったわたくしは、鳥肌を立ててしまいました。
っていうか、ああわかってもらえないだろうことが悔しい、わたしがしゃべるイタリア語って、こういう感じなのよー。それは標準語ではなくて、かといって「方言」という感じでもなくて、ローマの下町言葉。
そのちょっと泥臭くて、でも粋で、気風のいい言葉の感じがわかってもらえたらいいのに!

これが私の愛するローマ、私の愛するイタリア料理、イタリアで外食をするということはこういうことなのよ!! と、膝を打つ思い。
そしてわたくしは、イタリア人は普段から全員が役者である、みたいな事を言い出す人は嫌いなのですが、でもレストランってやっぱり舞台だよね。わたしもこれからはよりいっそう気合を入れて、衣装も選ぼうと思いました(それは何か違う。)

残念だったのは、これだけ会話に丁寧に作られている映画なのに、ヒロインその他がフランス人らしくて、吹き替えで、他の会話とぜんぜん浮いてること。
そしてフィレンツェ人のウェイターがフィレンツェ訛りじゃないところ。
どうせだったらすべての会話に気を配って、わたくしのツボにはまりまくりの会話劇にして欲しかったなー。

でも観光客としてレストランに行ってもあの雰囲気に混じることはできないじゃん? 謎の中国人家族が、まあ映画としてはある意味重要な役どころだけど、常に「傍観者」な立場にいることからもわかるように、やっぱりイタリア語が出来ないと、この舞台の登場人物にはなれないのよねー。

イタリアという舞台に「出演する」資格を得ることが出来ただけでも、わたくしのイタリア語への情熱はムダではなかった! と一人満足するにいたった、個人的には大好きな映画になりました。

早くローマいきたいなー。

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